『ピアノ・サンド』平田俊子 講談社 ★★★★
1人でいるのも悪くない 好きな男のすべてはいらない
詩人・平田俊子が、新たに創出した文学世界。「小説」でなければ描けなかった2つの女性の物語り。
「ところで100年前のピアノがあるんだけどさ、誰か預かってくれる人いないかな」
「100年前のピアノ?」
「そう。フランス製」
好奇心が飢えた魚のように易々と釣り上げられた。そんなの聞いたことがない。いったいどんなピアノだろう。――(本文より)
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タイトルとシンプルな装丁にひかれた本。読んでいて、文章がすごく綺麗だなとホレボレしていたら、著者の平田さんは詩人なんですね。どうりで、いろんな箇所に韻がふんであったり、言葉遊びみたいな感じがしました。
『ピアノ・サンド』を読むと、猛烈にサンドイッチを食べたくなります。そう、サンドイッチって家で作る場合は違うけど お店で買う時って少し贅沢な気分にさせてくれる、不思議な食べ物。
ここに出てくる主人公の女性は離婚をしたんだけれど、あまり落ち込んだりクヨクヨしていない。もしろ淡々としている。背が高かった元夫は結婚したら態度も物を言う視線もどんどん高くなった・・・という部分、なんとなく分かる気がします。そして主人公が 元夫と使っていたダブルベッドやダイニングセットに困惑する様子がおかしかった。確かに完璧に離婚しているのに、元夫との匂いがしみこんだそれらを使うのは、なんとなく奇妙。
100年前のフランス製のピアノ。しかも燭台つき!!かなり素敵です。私自信も小さい頃にピアノを習っていたので、大人になってもう一回弾いてみたい気持ちがすごくわかりました。しかも最初は置き場所とか悩んでピアノをひきうける事を後悔していたのに、日に日にピアノへの憧れが強くなっていく所が可愛らしい。ピアノが来る前にと、クラシックのCDを買いにいっちゃう所も。しかもマイナーな「スッペ」を探す所も面白い。私も以前、交響楽団の生演奏を聞いてから、一時期クラシックにはまりました。友達は何故かジャズにはまっていた。またなんだか、「のだめカンタービレ」じゃないけどクラシックを聴いてみたくなっています。
菜の花サンドを食べてみたい。旬の季節の食べ物って良い。体が喜ぶ感じがする。
「ファミレス」は「ドレミファ」と似ている。
「ピアノ・リサイタル」は「ピアノ・リサイクル」と似ている。
素敵です♪
『ブラック・ジャム』・・・不眠症の母親が今は病気でこんこんと眠っている。私は実家に戻ってきた。血の繋がりのない親戚・綾乃とはなんだかぎこちない。私は母親が男を家に連れ込んでいる時に、薬缶の熱湯を浴びて小さい頃から腕と足に大きなケロイドがある。私の人生はそこでガラッと変わってしまった。
人の視線は、時としてすごく目ざとくて、残酷。どんなに隠してもちょっとの隙からそれを覗き込んではすごく興味津々な目をする。顔は無表情のまま。
ここで主人公の女性は同じなんらかの障害のある男性を探して、一緒に生きて生きたいと願うが、男性たちはすごく冷酷。傷をなめあうような関係は嫌だと。。
体にハンディがあるというだけで、学生時代はからかわれ、社会人になっても嫌がらせをされる。。そんな嫌な事を平気で言う人間が私は大嫌い。
杉山さんのエピソードは、重すぎてびっくりした。また別の機会に文章にしてほしい。
主人公は実家に帰ってきてから、杖をついて歩く黒坂という男性に心惹かれる。しかし、この黒坂さんは癖がありすぎです。
もうなんていうか、救いがない作品で、読んでいて少し辛かった。でも平田さんの語感とか、文章のリズムはかなり好きだなあと思った。

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