『空白の叫び』貫井徳朗 ★★★★☆
「普通の中学生」がなぜ殺人者になったのか
久藤美也は自分の容姿や頭脳が凡庸なことを嫌悪している。頭脳は明晰、経済的にも容姿にも恵まれている葛城拓馬だが、決して奢ることもなく常に冷静で淡々としている。神原尚彦は両親との縁が薄く、自分の境遇を不公平と感じている。〈上巻〉第一部ではこの3人の中学生が殺人者になるまでを、その内面を克明にたどりながら描く。その3人が同じ少年院に収容されて出会うのが第二部。過酷で陰湿な仕打ちで心が壊されていく中、3人の間には不思議な連帯感が生まれる。〈下巻〉第三部。少年院を退院した彼らはそれぞれ自分の生活を取り戻そうとするが、周囲の目は冷たく、徐々に行き場をなくしていく。そして、再び3人が出会う日がくる。 少年犯罪を少年の視点から描いた、新機軸のクライムノベル。
著者が文芸ポストに5年がかりで連載した超長編 犯罪小説。上下巻あわせて千頁以上あるので、読み応えがありました。少年法改正以前を舞台としています。
3人の14歳の少年が登場します。彼らは、いろんな意味で違う人物で、似通った所はありません。それなのに、3人とも殺人を犯してしまいます。よく、マスコミなどが少年の「心の闇」などと、表現していますが、そんな簡単な言葉では表現出来ないんだ!という事を貫井氏は、丁寧に丁寧に描いています。
久藤美也は、自分の平凡な容姿、平凡な両親、平凡な中流家庭、平凡な成績、という物を頑なに嫌悪しています。ただ、平凡で無いのは、「美也(よしや)」という、女の子のような変わった名前です。その名前ゆえに、小学校時代はいじめにあいます。辛いいじめの中、増田という不良の先輩に助けられ、中学校では、逆にいじめる側に回ります。思春期特有の、自意識過剰という感じ。久藤はもう二度と、いじめられる側、つまりは摂取される側にはなりたくないと、常に不安でイライラしています。作品ではこの気持ちを「瘴気」と表現しています。そんな不安定な中、清廉潔白、熱血教師の理穂と出会います。理穂と久藤は理解しあえるはずもなく、摩擦を起こします。その状況をどうにかしようと、久藤は理穂を陵辱するのですが、理穂は代わりに久藤を呑み込んでしまいます。ここで、理穂という女性の狂気を見た気がします。
神原尚彦は、唯一、一人称(ぼく)で語られていきます。それが、神原の幼さを表現しています。母親に育児放棄され、祖母と叔母と、貧しい暮らしをしていますが、幼馴染の佳津音は優しいし、穏やかな日々を過ごしていました。ところがある日、祖母が重度の糖尿病で倒れ、亡くなってしまいます。そこで勃発したのが、遺産を争っての、母親と叔母の諍いでした。堅実に生き、尚彦の事もわが子のように育てた叔母に、遺産は相続されます。それに腹を立てた母親は、姑息な手段で、叔母からお金を取り上げようとし始めました。ここで起きる殺人には、少し短絡的ではないのかな?と首をひねりたくなりました。それこそが、神原尚彦という少年の子供ゆえの悪を象徴しているように思えます。
葛城拓馬は、上流階級の一人息子。経済的にも、容姿にも、運動能力にも、成績にも恵まれ、何不自由ない生活を送っています。ただ、母親は4人目。葛城の父親は、女性にだらしない父親でした。それでも葛城は、義母にも気をつかい、上手くやっていきます。そんな中、使用人の息子・英之の存在は、非常にやっかいな物です。英之は、いつまでも精神的に幼く、身勝手に行動しては、拓馬に迷惑をかけます。そんな英之を我慢しつつも、拓馬はガンダムのプラモデル、パーフェクトグレイドを完璧に仕上げる事に没頭します。しかしそのささやかな楽しみも、英之の身勝手な行為で楽しめなくなってしまいました。ここで、拓馬が義母から紹介された女性とベッドインするも、上手くいかなかったという場面がありますが、何事にも完璧を目指す拓馬にとっては、ものすごい屈辱だったんだなあと感じました。潔癖すぎるというか。
・ ・これが、第一部 胎動です。
第二部 接触 では、この久藤・神原・葛城の3人が、偶然にも同じ少年院に入ります。読んでいて辛かったです。容赦ないいじめ、暴力、性衝動。刑務所は、罪を償う所ですが、少年院は更正させる所であり、二度と戻ってきたくないほど、嫌な場所でないといけません。性的な犯罪を犯した久藤は、特にいじめの標的になりますが、じっと耐え、経を読みながら、己を平静に保とうとします。葛城もまた、冷静な判断で、なんとかやり過ごそうとします。葛城が、壁に頭を叩きつける自傷行為が、読んでいて辛くて苦しかったです。何事にも客観的な葛城こそが、一番心が弱かったのかもしれません。苦々しく感じられたのは、神原ですね。ここで、彼の駄目な人柄が一気に出てきました。いつでも自己保身の事ばかり考え、他人を思いやるという事をいっさいしません。その事について罪悪感のかけらもない辺りが、ますます嫌な感じでした。この3人に共通する意識は、犯罪を後悔してないという点です。「やらなければしょうがなかったんだ」と考えています。
第三部 発動 では、少年院を退院した3人の生活が描かれています。
久藤は、元の家で、新聞配達を始めますが、嫌がらせを受けて、他のアルバイトを探しますが、そこでも嫌がらせを受けて、辞めざるをえなくなります。
神原は、叔母から別居を言い渡され、ボロアパートで貧しい一人暮らしを始めます。彼はアルバイトを探すよりも、大検をうけようと考えますが、それは単にかっこつけた言い訳でした。ここで、叔母の馬鹿さ加減を罵り、叔母を自殺に追い込みます。それをまた、何も反省せず、腹ばかり立てる神原に、心底嫌になりました。
葛城は、父親からの手切れ金300万円と、豪華なマンションを与えられ、英語を身につけたいと、英会話スクールに通い始めます。そこで、彩という、己の悲しい生い立ちを明るく話す少女に好感を持ち、仲良くなります。
ここで、エクセレント・リバティーという、ねずみ講な組織が登場するのですが、ものすごくリアルでした。私も、知り合いにこうゆうのをやっている人がいて、何回も家に来られたりして、かなり迷惑しました。
この世界から自由になるためには、お金が必要だと感じた3人は、ある計画を実行する事になるのですが。。私が少し疑問だったのが、なぜ葛城がこれに参加したのか?という事でした。彼なら、罪を犯してはいても、真面目に更正して、勉学を頑張れば、将来はある程度保障されていたのでは?
ラストは、神原は自業自得。久藤は不安。葛城は更正できたのかも という感じでした。
ここでかなり考えさせられたのは、生まれもっての貧富の差です。悲しい話しですが、久藤と神原にも、葛城くらいの経済力があれば、更生出来たのではないだろうか??
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